- トップページ
- ホール・オブ・ホールズ六甲
- オルゴールってどんなもの?
- オルゴールの歴史
オルゴールの歴史
中世から、ヨーロッパでは街の中心にある時計塔が時を知らせていました。そこには時計と共にカリヨンが付けられ、音程の違ういくつかのベルを使って、時報としての音楽を奏でました。
やがて自動で演奏するカリヨンも現れました。ぜんまいが発明されると、時計の技術は飛躍的に進歩します。大がかりな塔の時計だけでなく、室内用の柱時計、置き時計、さらには懐中時計まで作ることが可能になりました。
![]() |
![]() |
![]() |
| 中世の時計塔&カリヨン | 当時の時計 | カリヨンの付いた内部構造 |
|
当時としては、時計づくりは、先端技術を用いた産業でした。一流の頭脳が集まって、精密で豪華な時計が作られました。時計が小さくなる中、時報としてのベルにも、小型、軽量化が求められました。そこで、オルゴールの登場です。
1796年、スイスの時計職人、アントワーヌ・ファーブルは、ベルの代わりに金属片を用いたカリヨンを発明し、ジュネーブ芸術協会に報告しました。シリンダー・オルゴールの誕生です。調律した金属片(櫛の歯)を発音体にすれば、限られたスペースにたくさんの櫛の歯を組み込むことができます。19世紀初頭からシリンダー・オルゴールは時計をはじめ、あらゆる工芸品に組み込まれ、音のアクセサリーとして裕福な人々に愛されました。 |
![]() |
| 工芸品に組み込まれたオルゴール | |
![]() |
シリンダー・オルゴールの改良は続き、音楽を鑑賞するための楽器として完成されたものも現れました。その最盛期は19世紀後半です。スイスのジュネーブ、サント・クロア地方では、シリンダー・オルゴール産業が花開きました。芸術品ともいえるそれら精巧なオルゴールは、全て熟練した職人の手作業で製作されていました。 |
| 最盛期のシリンダーオルゴール |
19世紀末になると、スイスのオルゴール産業にもかげりが見えはじめました。新しい時代のニーズにあったオルゴールが登場したからです。
1885年ドイツ人、パウル・ロッホマンはディスク・オルゴールの実用化に成功しました。金属の円盤ディスクに曲を記録させています。技術の進歩、機械化によってシリンダー・オルゴールに比べれば製造が簡単になり、量産もできたため、短期間で欧米の人々の間に普及しました。家庭用タイプ以外に、コインの投入口がある業務用ディスク・オルゴールが作られ、パブ、酒場、レストラン、ホテルのロビーなどで活躍しました。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
| さまざまなディスク・オルゴール | |||
|
1900年前後に全盛を極めたディスク・オルゴールですが、その終焉の時は意外に早く訪れました。20世紀に入ると、エジソンが発明していた蓄音機が、娯楽品として瞬く間に普及したのです。人の演奏を録音、再生するこの新しい装置の前に、ディスク・オルゴールの需要は下降線をたどりました。そして第1次世界大戦がはじまる頃には多くのディスク・オルゴール・メーカーが倒産するか、あるいは別の業種に移るかの選択を迫られました。デジタルサウンド、オーディオ機器の氾濫する中、今、また、オルゴールを見直す動きが見られます。小型のシリンダー・オルゴールは商品化され、さまざまな雑貨に組み込まれ生活の中に浸透しています。また、純粋に音楽を楽しむオルゴールもいくつかのメーカーが生産を続け、伝統的な製作技法に新しい工夫を加えた現代版ディスク・オルゴールも登場しています。
|
![]() |
| 現代のオルゴール |
![]() |
![]() |
![]() |






















